古語辞典で「野」と「原」を調べてみた

日本語といっても文字文献では古事記日本書紀万葉集の時代からある。そこで、古語辞典でしらべてみた。古語もすべての辞典をしらべたのではないので、その点はさしひいてください。

○『全訳読解古語辞典』第二版、三省堂。題名のように、訳語が用例にすべて付いているので、古文が苦手なひとにとっては実に便利な辞典です。ところが驚いたことに、この辞典には「の」(野)も「はら」(原)も、単独の言葉としてはそもそも載っていない!? 野の合成語としての「野ざらし」「野守」「野中」「野ら」などは載っています。しかし、「野」って一体何?という疑問には答えてくれない。「野」を概念としてとらえていないのかも。あるいは何か理由があるのか、それはわかりません。

 そこで岩波の古語辞典を、引っ張りだしました。初版が安く古本屋ででていたので、「とりあえず」買っておいたものです。この辞典が出たとき、語義に詳しいと褒めた書評がでていたのが頭の片隅に残っていたからです。これが役に立ちました。岩波の古語辞典では、「野」と「原」は次ぎのように記述されていました。

○『岩波古語辞典』初版。
⊿の「野」:《ナヰのナ(地)の母音交替形》 一、広い平地。多く山裾の傾斜地などにいう。「春の野に鳴くや鶯なつけむと」<万 八三七>。「野、能(の)、郊外牧地也」<和名抄> ▽日本書紀に「奴」と表記し、また、万葉集に「奴」と書いた例もあるので、ヌという語形もあったように見る説もあるが、書紀では「奴」はノ(甲類)にも用いたし、万葉集の例は東国方言か、あるいは平安朝の誤字と見られる。 二、火葬場。「夜半に葬礼あり。我等も野へ出で候也」<宗静日記明暦一・八・一八>

⊿はら「原」:《ハレ(晴)と同根か》手入れせずに、広くつづいた平地。「埴安の御門の原に」(万 一九九)。「この車をむかひの山の前なる原にやりて」(源氏 蜻蛉) ▽朝鮮語poel(原)と同源。 {oeはo-umlaut 。ポルは、野原、広野。『朝鮮語辞典』(小学館)では、原、野原、平野。 →『朝和辞典』第2版(白水社)では、野原。san do pol do山も野原も・・・。朝鮮語の音の表記は、精確ではないにしてもハングルを少し知って居る人はハングルで復元して、だいたい分かるはずです。}

 さすが語義にくわしいと言われていただけあり、「野」も「原」も載っていますし、その言葉の語源にまで記述が進んでいます。とくに「野」の記述は、日本語での使用法を考えますと、正確なのではないでしょうか。

 これで万葉集(一・二〇)の額田王「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」を、「野」が一体何かと疑問をもたずに読むことができます。(ふつうは、最初から疑問なぞないだろうとは思いますが。)