しとぎ(粢)

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小野神社の水田

 小野神社の鳥居の横の社地には水田があって、こちらにも木製の鳥居としめ縄が張られています。この水田は「しとぎ祭」(粢祭)に使われる米を栽培しているのでしょう。水田のとなりには神社の横とを通ってきた水路があり、水がたっぷりと流れています。小野という土地を象徴する風景です。どこにでもありそうな風景ですが、これが重要な風景なのだと思います。

 さて、小野神社のしとぎ祭の様子については、ネットにいくつか出ていますのでそれを参照してください。小野神社の祭礼に使われる「しとぎ」は、水に浸けた米を搗いて固め、それを藁苞(わらつと)に包んだものです。それは、ちょうど藁納豆のような形をしています。水に浸けた米から作るといいますから、古式のしとぎの作り方です。新しい作り方は、米、もち米を蒸して作るようです。

 以下は粢(しとぎ)の語義の説明を『全訳読解古語辞典』『岩波古語辞典』から紹介しておきます。

○しとぎ[粢](名)神前に供える卵型の餅。古くは米の粉を水でこねて作ったが、のちにはもち米を蒸してついた。(例)「この女のしとぎ欲しかりければ、そらもの憑っきてかく言ふ」(宇治拾遺・四・一){『全訳読解古語辞典』第二版、三省堂
○しとき[粢]米または糯米(もちごめ)で作った、神前に供える餅。「狐は墓屋(つかや)の辺に行きて人の祭り置きたる粢・炊交(かしぎかて)・・・を持ち来たりて」(今昔五ノ一三)。「粢餅・粢、之度岐(しとき)」<和名抄> ▽朝鮮語stök(粢)と同源。{『岩波古語辞典』}

 岩波古語辞典の最後にある「朝鮮語stök(粢)と同源」という説明が気になりました。朝鮮語との関係を求めて調べてみましたが、よくわかりません。以下は、根拠があまりありません。なぜかというと、おもに現代朝鮮語との関係から「同源」を推測しているからです。

 まず、stökのハングルでの綴りはわかりません。suなら「水」が思い浮かびますが、stのつながりで現代朝鮮語を探してみてもよくわかりません。sをひとまずよけてみると、tökは「トック」かな?と思われます。そこで、tökをトックととって辞典を探してみます。sの音が入った近い言葉は、『朝鮮語辞典』(小学館)に「シルトック」があります。ttok(発音の「ト」は、濃音のt、サンティグ。ttと重ねたのは私です。?tが音の表記法に近い。):シルトック(蒸し餅、蒸し器で蒸した餅)。「シル」は、蒸し器、蒸籠(せいろ)の意味です。
 シルトックで受け取ると岩波古語辞典の綴りからは、i/ruの音素が抜けています。古い朝鮮語の音かもしれませんが、わかりません。シルトックは蒸し餅ですから、小野神社のしとぎの作り方よりは、新しいつくりかたでしょう。
 トックには多くの種類がある。シルトックもそのうちのひとつ。
 そこでトック:[?tok](うるち米の粉でつくった)餅、を調べてみます。
(『朝鮮語辞典』「メモ」に)トック:多くの種類があり、正月や秋夕(チュソク)、冠婚葬祭に欠かせない。ヒントックはうるち米でつくった白い棒状のもので薄く切って用いる。シルトックは糝粉(しんこ)を蒸したもの。大豆、ナツメ、干し柿を入れたものなどその種類は多いが、上に小豆のあんを置いたパッシルトックが有名。ソンピョン[松―]は糝粉を貝の形に丸めて松葉を敷いて蒸すところからこの名前がある。秋夕に食べる。インジョルミはもち米を蒸して搗いてマッチ箱大に切って、きな粉をまぶす。他にチャルトク[(もち米の)もち]、キョンダン[瓊團、だんご]、チョルピョン[(円形、方形の)白餅(ヒントック)に花紋などを押したもの]、チュンピョン[蒸―。米の粉にマッコリを加え一晩発酵させた後クリ、ナツメ、松の実などを入れて蒸した餅]、ファジョン[(花煎)。餅米、きびなどの粉をこねて丸め平たくしフライパンで焼いてツツジ、菊などの花びらを押しつけた菓子]
{ピョンはトックの美化語、丁寧語。お餅。}

 トック(トク)自体にはこのような、豊富な種類のものがあります。日本でも、スーパーなどで「トック」は売られていますので、あのたぐいかとわかるかと思います。日本で売られているものだけでなく、御菓子としていろいろな種類があり、秋夕(チュソク)でも食べる重要な食物でもあります。神前へのお供えとしてぴったりです。

 このように現代朝鮮語からも想像をはたらかせることを可能にしてくれるのは、小野一族が住んでいた土地が、古代朝鮮からの渡来人との関係が密接だからです。京都・葛野の秦氏は水田の土木技術に長けていました。近江には高句麗もふくめて朝鮮半島から多くの人々がやってきていました。「しとぎ」という食物は米を共通にしてつながりをもっているはずです。「しとぎ」から朝鮮半島、さらには中国大陸とのつながりをつけることもできるかと想像(妄想)をたくましくしてみました。

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古墳群、小野道風神社への道標

 鳥居の近くに石神古墳群、小野道風神社への道標が立っています。細い道ですが、この道をたどります。