佐和良義神社(さわらぎ・じんじゃ)(茨木市)

式内・佐和良義神社

 南茨木駅から元茨木川の緑道伝いで道祖神社の方向に歩くと、佐和良義神社の裏手から境内に入ることになるけれども、これは神社の南方側からのアプローチ。神社のすぐ近くにはクルマをとめるところはないので歩くしかない。

さわらぎ神社鳥居

 地名は「沢良宜」と表記されているが、神社の表記は「佐和良義」。文献にあらわれたなかでは最も古い表記を採用している。高島好隆『私本 さわらぎ風土記』の冒頭に「さわらぎ」の表記法が、西暦927年(平安時代)から1483年(室町時代)まで列挙されている。「さわらぎ」はいろいろな表記(漢字、ひらかな、かたかな)でさまざまになされているが、一音一字であらわしたものが「延喜式」の式内神社のなかでも古格の神社であるという。平安時代の表記ではあるが、万葉集の万葉仮名のような表記法のほうが、「サワ」を「沢」「澤」と縮み志向で書くより古いのだそうだ。だから今の地名表記とは違って「式内 佐和良義神社」と記されている。

 「義」「宜」または「冝」と書かれる「さわらぎ」の「義」は「ギ」と読むべきであるという。「義」「宜」は乙音のギであってキではないという。

 国語学者橋本進吉は古代の日本語(奈良方言を主とする)では、キケコソトノヒヘミメヨロ(清音、濁音とも、古事記ではモにも)に各々二種類の区別があり、発音を異にしていた。それを「キの甲類」「キの乙類」と甲・乙という呼び方をしている。(参考、築島裕国語学東大出版会、28頁)

 ここからすると「佐和良義」神社と書くのは古格を表していると言える。

さわらぎ神社への道

 佐和良義神社への道は、元茨木川の緑道(土手道)を通るから緑色がたっぷりあって、太陽光が強いときには好ましい。

佐和良義神社境内

佐和良義神社拝殿

 左手に見える住居は美沢団地。

佐和良義神社本殿

 本殿は一間社春日造の形式だろうが、唐破風がついているので、まったくの古格というのでもなさそうだが、立派な神社建築になっており、境内もきれいに掃除がされていて、心地がよい。

 現在の社殿は、明治40年8月23日の元茨木川の決壊により社殿が流出し、「春日造り」の社殿は大正6年の再建になるもの。(高島好隆前掲書に記載)

佐和良義神社案内板(木の枝に覆われている)

 案内板があるのだが、植木の枝がのびていてほとんど見えない。残念。

横からのぞいた神社案内板

 横から案内板を覗いて撮ったもの。案内板の左手端に「高島好隆」氏の名前が見える。