内田樹『ぼくの住まい論』

新潮文庫平成27年1月。元、2012年、新潮社刊。「文庫版のためのあとがき」と光嶋佑介氏の「解説」が付加されている。
この本は内田樹氏が、2011年に神戸女学院大学を退職してから、「道場に家をくっつけた」家を建てた記録である。記録といっても、一般人は建てそうもない、このかなり変わった家の記録である。それがどのように建設されていったのか、その過程はたいへん興味深いものがある。道場は合気道の道場であることはもちろんだが、畳をあげると能舞台が出現する仕掛けにもなっている。内田は能の修業もしている。武道のみならず日本の伝統芸能も、この家が形を現してくるのに重要な要因として働いている。また木造で造るために、日本の林業の現状と左官業、瓦業の有様が職人を通して実感できる。さまざまな職業の人びとが、付き合いを通じて集まってくる。その集まりは内田の言う広い意味での「教育」と結び付いている。それはこの本のなかにも、内田の思想がところどころに投入されていることで分かるようになっている。内田はたしかに大学教授だったが、彼の専門のフランス文学、フランス思想のことだけではなく、武道や遊びを通しての人間関係から「宴会のできる武家屋敷」というイメージの家ができてきた。能舞台のための老松を描いた山本浩二氏は松を描くために出雲大社に行き、春日大社に行き、沼名前神社など各地の能舞台を見た。出雲大社の千年の松は先年私も見た。凄い松の巨木だと思った。だが俵屋宗達の松にまで結びつかなった。千年の松の写真を見て、山本氏の老松の写真を見て、日本文化の奥行きを感じた。住吉の街中にある道場「凱風館」は、これからも大勢の人に使われながら変化してゆくだろうが、それは人びとのあいだで授受されるものを残してゆくに違いない。

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