2019-11-01から1ヶ月間の記事一覧

香酔峠からの眺め

香酔峠からの眺め 宇陀水分神社の三社へは、都祁から宇陀のほうに峠を越えた。峠の名前は香酔峠というけっこうな名前がついている。近くに香酔山というのがあって、その名はスズランの群落があるからだそうだ。さらに峠の手前に吐山すずらん群落(自生地)と…

惣社水分神社(宇陀水分神社・上社)

惣社水分神社へは古市場の中社から166号線を車で走り、途中で県道31号線に入り、山間の道を上流へと走る。山麓に民家があり、田畑がその前に広がるという典型的な農村風景が展開する。山間の間が縮まってきたなと思うころ惣社水分神社(宇陀市菟田野上芳野)…

宇太水分神社(下社)

宇太水分神社鳥居 宇太水分神社の鳥居です。芳野川沿いに三つある宇太水分神社の下流にありますので、下社と言われています。榛原の下井足(しもいだに)といういうところあります。 宇太水分神社参道から拝殿を見る 鳥居のところを上がると参道が一直線に拝…

宇太水分神社・中社

宇太水分神社は三社あります。川の上流から下流にかけて、通称で上社、中社、下社と呼ばれているようです。まずは、というのはなんですが、ひとが一番行きそうな中社に行ってみました。 宇太水分神社・中社鳥居 写真は、中社の鳥居のなか、境内から門前町の…

御社尾の磐座(都祁山口神社)

社殿右手の池と「御社尾の磐座」指示標 都祁山口神社には磐座がある。「ごしゃお」のいわくらと呼ばれている。社殿の背後からの湧き水の池の縁に、磐座への指示標がたっている。これは見てみようと指示標にしたがって登る。思いのほかきつい。 御社尾の磐座…

都祁山口神社

都祁山口神社鳥居のところからの眺め 都祁山口神社の鳥居をくぐったところから振り返ると手前に水田、遠方に集落が見える。遠方のほう(北方)になだらかに地形が下っている。「野」の風景をここでも見ることができる。日本の景観の原型のような眺め。 都祁…

都祁山口神社への道

都祁山口神社への道 都祁水分神社から都祁山口神社へは、ほぼ南の方向へゆく。小高い山のつらなりが正面に見え、山の麓の台地に集落が見える。集落の奥、山の麓に神社がある。写真にある手前の道は車で通行するのに余裕があるが、集落に入ると道が狭く大型車…

一間社春日造

「一間社春日造」は「いっけんやしろかすがつくり」と読む。 なぜ、「一間」というのかと言うと、井桁の土台の上に4本の丸柱を立てた平面が。方一間(いっけん)であるから。方は正方形の一辺の長さ。要するに正方形の井桁の形に、四つの柱を立てたものの上…

都祁水分神社の社殿

都祁水分神社の周囲の景観を眺めるのが目的といっても、やはり神社の社殿もみておかねばならないだろう。 都祁水分神社へのまっすぐの参道 鳥居をくぐってから社殿までの参道はまっすぐ。両側はヒノキの林となっているが植林されたものでまだそれほど年月が…

都祁水分神社

棲息地の見え方=景観のあり方を追ってJR玉手駅から孝安天皇陵から、神武天皇社を経て掖上駅までみてきた。大和盆地の一隅、「まほろば」の地をわずかながらでも通りすぎたことになるが、「まほろば」(真秀ろば。まほらば。真秀らば)の地は、樋口忠雄の分…

西光万吉について

『至高の人 西光万吉』 柏原(奈良県)から帰ってきてから、西光万吉について調べようと市立図書館へいった。いくつかの本があったが、そのうち一番出版年が新しいものを選んだ。宮橋國臣『至高の人 西光万吉』人文書院、2000年。新しいといってもすでに20年…

寄り目の安全ミラー

寄り目の安全確認ミラー 神武天皇社の境内からまっすぐ塀のあいだを抜け狭い通りにでるところにある。境内ではきっと子どもたちの遊び場になっているだろうから、いきなり道へ飛び出すことがあるかもしれない。車はあまり通らないだろうけれど、歩行者や自転…

神武天皇社(柏原)

道標(神武天皇社の近く) JR掖上駅への道の途中にこのような道標がある。歩き疲れていたし、もう夕方に近いのでちょっとまよったが、神武天皇社だけは見ておこうと指示標の方向へと向かったが、もうひとつ直前の指示が親切ではなく、行き過ぎてしまった。す…

ほほまの丘から水平社の故地へ

ほほまの丘の石碑(水平社博物館) 細長い「ほほまの丘」(漢字を出力できないのでひらかなで)の端、東南のところに水平社博物館の石碑がたっている。本馬山からの国見の眺めを確認しようとして、思いがけずここに来てしまった。ここにというのは全国水平社…