邍(ゲン)の意味(白川静『字統』)

 邍(ゲン)[原]、これは「原」のもとの、本来の漢字です。これの字源とその意味について白川静の『字統』は相当詳しく解説しています。さすが! この記述を読むと『字統』がなぜ評価が高いのかが分かるような気がします。

 ○邍(ゲン)[原]:形声。声符は、辵(チャク)、辶、之繞の上の部分。辵にしたがう字であるから、(之繞の上の部分)声とすべきであるが、、その字は[説文]にもみえない。[説文]二下は「廣平の野なり。人の登る所なり」とし、字形については「辵(チャク)・畋 [字の形は各の上の部分+田、これで上下。あるいは俻(び)のにんべんを取り去った字」](デン)・彔(ロク)に従ふ。闕」という。字を要素的に分解した上で、その会意となる理由を不明とするものである。
 {これだけでもけっこう大変。これから先が長い。なお、文字をワープロで出すのがたいへんなので(出ない)、余計な説明となっています。}
[爾雅、釈地]に「平原を邍といふ」、また[周礼、邍師、注]に「邍は地の廣平なるもの」とあり、邍隰(ゲンシュウ、のはらとしっ地)と相対して用いるので、高平に地とされるが、字形からいえば、それは猟場を意味する字のようである。
字は彖(たん)に従う形で、[石鼓(せきこ)文、田車石][作原石]の字はその形に従い、金文にも数見する。[散氏盤(さんしばん)]の字は二田に従うており、田は畋畢(でんひつ)、すなわち鳥獣を捕らえるのに用いる畢網(ひつもう)の形である。{畢には、網のかたち、網という意味がある。終わるという意味も。cf. 新漢語林}[周礼、邍師]に、「その丘陵・墳衍(ふんえん)・邍隰(げんしふ)の名物を以て、封邑すべきものを辯ず」とあり、狩猟地をいう。平生は境域外の間地であるので、戦争のとき戦場になることが多く、[詩、小雅、皇々者華(こうこうしゃか)]に「皇々たるものは華、かの邍隰においてす 駪々(しんしん)たる征夫 懐(おも)ふと每(いへど)も及ぶ靡(な)し」と歌われ、[小雅、常棣(じょうてい)]に、「邍隰に裒(あつ)まるも 兄弟(けいてい)求む」の句がある。邍隰に遺棄された多くの戦死者のなかに、肉親の遺体を求める悲惨をいう。[大雅、公劉]に「その邍隰を度(はか)り 田を徹(つく)りて糧(りゅう)と為す」とは、その一部を開墾することであろう。邍の字形から考えると、そのような開墾・開拓を行うときに、犠牲を供して地霊を祀ることが行われたであろうが、上部に加えられている夂(ち)は夅(こう)の従うところで、神霊の降下を示す形とみられる。金文の[魯邍鐘(ろげんしょう)]の字には、その儀礼のときに祝禱を用い、下部に祝禱の(∪+−)(さい。横棒はUの中、上部にあるふた)をそえている。これによると、字は狩猟地として、また開墾の地として、畢(あみ)を加えた犠牲を供えて祀り、地霊たる神の降下を求める意となる。のち原を借用するが、原はもと声義ともに異なる字である。

 

 白川は、このように金文にまでさかのぼってもとの意味を探求しています。また『詩経』の「小雅」「大雅」の該当箇所を見て、上記の解説と照らし合わせて「邍」の意味を推し量りますと、原のもとの字がもつ意味の奥行きに、なるほどと思わざるをえません。

 そして「祝禱の(∪+−)(さい。横棒はUの中、上部にあるふた)」というのは、白川漢字学を知っているものにはおなじみの「さい」ですが、これも通常のワープロでは出ないので、ややこしい書き方をしました。立命館白川静の名前のついた研究所から、白川がフォントがでていて、ダウンロードをしていたのですが、OSのアップグレードがされたとき、飛んでしまったようです。 (あれ、ない?) もっともそれを使ったとしても、各人のPCで表示されるかどうかはわかりませんので、まあいいか、というところでした。