「野」と「原」の意味(漢和辞典)

それでは漢和辞典での「野」と「原」の意味を調べてみます。

その前に、注意しなければならないのは、中国思想研究者の溝口雄三氏がどこかで書いていたことと記憶していますが、漢和辞典は中国語の辞典ではない、ということです。漢和辞典は日本語の辞典、日本人が漢字を使うときに役立つ日本人のための辞典だ、というようなことを読んだことがあります。このように表現されて、なるほど、と思うところがありました。同じく漢字を用いていても、表現のズレがあることは新しく語学を学ぶときに(中国語を学ぶときに)幾つかの用例を挙げて注意されることです。そのようなことから出発して、中国思想のような概念的な事柄を扱うレベルに至りますと、相当の概念的・抽象的・哲学的な差異があることに気づかざるをえません。これは漢字をもとに考える際の一般的な注意点でしょうが、かなりの程度、いや実際のところはほとんど気にしていない、忘れているのが実情でしょう。

こういった注意点がありますが、それでは漢和辞典での「野」「原」の意味についてみてます。

◆『新漢語林』第二版、大修館書店、2011年4月。
鎌田正、米山寅太郎著。この辞書は諸橋大漢和の系統を引いているもので、学習用漢和辞典としてスタンダードなものと思われます。
⊿野。古字は「埜」。字義:一、1.の。ア、のはら。原野。イ、町はずれ。郊外。ウ、いなか。さと。エ、民間←→朝。オ、はたけ。田野。カ、周代、王城から二百里以上、三百里以内の地域をいう。キ、王城以外の地にある公卿・大夫の領地。 2.かざりけがない。ありのまま。むきだし。いなかびた。 3.あらい。デリケートなところがない。例)論語(雍也);質勝文則野。{野=粗野の意} 4.うとい。文化が遅れている。人知の開けないこと。 5.従わない。なれ親しまない。 6.区分したその一つ。 二、いなかや。別荘。
解字:里+予。音符の予は、広くてのびやかな里、の・郊外の意味を表す。甲骨文、金文は、林+土の会意。

 

⊿原。字義:1.もと。ア、みなもと。イ、はじめ。ウ、もともと。元来。 2.もとづく。 3.たずねる。物の根元をたずねる。 4.はら。広くて平らな土地。 5.ゆるす。罪をゆるす。 6.すなお。きまじめ。つつしむ。
解字:雁垂+泉。「がけ」と「いずみ」。がけ下からわきはじめたばかりの、いずみの意味から、みなもとの意味を表す。源の原字。また、邍(げん)に通じ、高く平らかな土地、はらの意味をあらわす。


 諸橋大漢和もほぼ同様の意味を載せています。邍は新漢語林の見出し語にはありません。上記の「原」の漢字のところに「邍(げん)に通じ」として出てくるだけです。諸橋大漢和には見出し語として載っています。意味は上記の通りですが、しかし詳しい解字はありません。また、「~に通じ」のところが問題となってくるでしょう。ここで「邍」(げん)という漢字を出していますが、正確に言うなら、漢字の形がすこし違います。ワープロではこの漢字しか出ませんでした。これについては次回にして、上記の漢和辞典における「野」と「原」の語義は、現代中国語の辞書とだいたい同じですが、少し違うかもしれない、というようなところとがまざっているような感じがします。

それでも論語の「野」の用法をみますと、古代も現代も同じような意味あいで使われているのだなと思われ、興味深いものです。最初に論語でこの言葉を読んだときの「文」の意味あいを理解するのに苦労したことを思い出します。