松谷御堂から大阪の方へと歩いて行こうと思った。
しかし、建物が張り付いた細い道、しかも曲がっている道とアップダウンで方向がよくわからない。太陽の光をたよりに、こちらが西かなと歩いていると、おばあさんが坂道をゆっくりと降りてきた。ここで尋ねるしかないなと大阪方面の道を尋ねた。
――この道をたどれば大阪方面へといきますか?
――行ける。これは「あんど」へ行く道や。
――1時間くらいで着けますか?
――さあ?
歩いていて人に出会ったのはこのおばあさんだけだったので思い切って尋ねたのは正解だった。「あんど」へ行く、と聞こえたので、一瞬あたまの中で奈良の安堵という地名がよぎった。そんなバカな、方向は逆のはずだ、と思いなおして、まったく不案内な河内の地名を思い起こして近鉄大阪線の「安堂」という駅名を思いだした。乗り降りしたことは一度もない。たまたま今回ここへ来るのにポケット地図を見ていたので思いだしただけのことだ。ひょっとしてこの「安堂」のことではないかと思い、それなら方向は間違っていないと、お礼を言って別れた。
「安堂」という文字をみて、私のような土地を知らない者は「あんどう」と言うだろう。でも「あんど」と確かに聞こえた。歩きながら、and, un deux trois, アンドと唱えつつ歩いていて「かりんどおばた」がなぜ「かりんど」となったのか、「かりんどお」は「かりんど」だったのではないか、「尾畑」と思っていたが、「尾」は「雁戸」に付いたのではないか、などという考えのきっかけに「あんど」はなった。
崖地に家がたくさんあるが、ここでは何を生業としていたのだろうか、と疑問がわきてくる。家並みを過ぎると畑が山上にもある。これはブドウ栽培だろう。ブドウ栽培は近代になってからのものだろうが、それ以前は何を栽培していたのだろうか。興味がわきてきた。