大年神の神裔

大年神については、前回のブログで触れたが、大年神の子どもについては、『古事記』の「大國主神」のところのうしろのほうで触れられている。(古事記の項目は岩波文庫校注者の倉野憲司による) 大年神には、次々と子どもができ、またその子どもが子どもをつ…

大年神

『古事記』では、「大年神」は須佐之男命の子である。有名な「須佐之男命の大蛇退治」の話のすぐあとに出てくる。八俣の大蛇を退治して、住むべき宮殿を出雲の国に須賀というところに定める。 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を これは…

大歳社

大歳社の鳥居 浅沢社から細江川を越えるとすぐに大歳社(大歳神社)がある。鳥居の奥に平屋の社殿が見える。大歳社は、大歳神(おおとしの神)が祀ってあり、収穫の神様であって、集金・商売繁盛・家内安全・願望成就に神徳があると案内文には記されている。…

浅沢神社

浅沢神社 浅沢神社は住吉大社の場外末社。大社の東南方向から出て、歩いてすぐのところにある。 浅沢神社社殿 芸能界の提灯が多いなと思っていたら、女性の作法、芸事の守護神としてお参りされるということだ。 竜吐水 入口の手水のところに竜吐水だろうか半…

丸山大明神

丸山大明神 「住吉の長屋」を見てから、近くをうろうろしていたら「丸山大明神」という「大」が付いているものの小さな祠があった。このほこらの前が「丸山の庭」と称されている2畳分くらいの「広場」がある。広場と書いたのは、住吉区のガイドに「丸山大明…

住吉の長屋

住吉の長屋1 住吉大社の近くに、安藤忠雄設計の名建築「住吉の長屋」があると聞き及んでいたので、大社の御神田のところからうろうろとして発見。いきなりあった。コンクリート打放しの前面にドア一枚分の大きさの穴があいているだけ。通学児童が何があるの…

旧津守王子社

旧津守王子社 住吉大社の境内に、熊野街道にあった旧津守王子社が移されている。境内の東の方に同じような形の祠が並んでいるうちのひとつ。大社の境内を出てからすぐ東に熊野街道のあとがあり、また津守廃寺跡もあるので、「津守王子社」というのは熊野街道…

「此式自上古」(住吉大社御神田の石碑文)

住吉大社御神田の脇にある石碑 前回の「日記」の最初の写真の左手に、よく見ると稲刈りをしている人が写っている。まだ稲刈りを始めたばかりで、これもよく見ると田のなかに筋がついているのがわかる。その稲刈りをしている人のさらにその先、左手の奥のほう…

稲の実り、刈り取り(住吉大社御神田)

稲が実った 稲が実り、前回よりも田の稲の色が濃くなっている。 別のところから 稲の刈り取りがはじまっていた。 稲を干す 田のすぐ横にある建物の下に干し場がもうけられていて、そこで稲が架けられている。普通は屋外で干すのだが、神様にお供えするコメに…

御神田(住吉大社)

種貸社のところでお米のことに触れたので、大社の御神田のほうに話を移す。種貸社と御神田は、住吉大社を正面にして、そのの左手と右手になる。大社の建物をはさんで反対側になるので、普通ならばわざわざ足をはこんで見にはゆかないだろう。かくいう私も、…

子宝の神さま

種貸社の内部 種貸社のなかの様子。建物は新築間もないようで、とにかくまだ「新しい」感じをうける。「種」という文字が目立つ。一粒万倍をうたっており、子宝、資本、知恵を増やすことを願う神社である。神社の裏手に回ると、子どもを抱いた小さな塑像がび…

一寸法師

一寸法師 種貸社には一寸法師にまつわる像やお椀などが設置してある。もとは住吉大社にまつわるお話が御伽草子の「一寸法師」だから、ここに置いてあるのだろう。この像は小さいがよくまとまっている。手水の役割もある。 一寸法師のお椀 神社の右手にあって…

種貸社(住吉大社)

種貸社鳥居 住吉神宮寺跡石碑から少し歩いて広場にでると向こうのほうに何やら神社らしきものが見える。新しく整備したようで何だろうかと近づくと「種貸社」だった。 「種貸社」石柱 神社の名前を彫った石柱があって、下の土台に「一粒万倍」とあり、「塩爺…

住吉神宮寺跡石碑(住吉大社)

住吉大社の御文庫の左手の門を入り御文庫の側面を見る。 御文庫側面 必ずしも大きい建物とはいえないが、蔵作りで火に強いと思われる。八角形の窓が目にとまる。 住吉神宮寺跡石碑 古札納所 御文庫のすぐとなりに「古札納所」と「住吉神宮寺跡」の石碑がある…

御文庫(住吉大社)

御文庫 住吉大社の第一本宮の左手奥の門をくぐるとすぐに御文庫が見えてくる。これを見たかった。その存在は知っていたが、見るのははじめて。つぎは御文庫の正面から。 御文庫正面 「大阪最古之文庫」という碑がたっている。御文庫とは何かは、左手の黒っぽ…

住吉大社本殿(続き)(大阪市住吉区)

住吉大社本殿(横から) これは住吉大社本殿を横から見た写真。右手の本殿と左手の拝殿とは屋根のかたちが違うことがわかる。朱塗りの部分が本殿。本殿の内部は内陣、外陣と別れ、側面は各2間。屋根は直線。妻入り。 拝殿は前回のブログの写真のように、屋根…

住吉大社本殿(大阪市住吉区)

住吉大社本殿へ 反橋(太鼓橋)渡り、鳥居と朱塗りの門を抜け、住吉大社本殿へ。住吉大社の本殿(本宮)はなんと四つある。門の先に見えているのは第三本宮。 第三本宮と第四本宮(屋根) 第四本宮 第三本宮と第四本宮のあいだ 第三本宮と第四本宮のあいだか…

反橋(住吉大社)、川端康成文学碑

反橋(住吉大社) 住吉大社といえば、まず反橋。手前の横から見ると欄干の朱塗りが緑と青空に映える。 反橋 2 けっこうな勾配で階段状になっている。 反橋 3 橋を上がりかけたが、けっこうな勾配でちょっと登るのがやっかい。足の弱いひとは危ないだろう。 …

遣唐使進発の地石碑、狛犬(住吉大社)

「遣唐使進発の地」碑 住吉大社の境内に足を踏み入れてすぐのところ、左手にこのおの大きな石碑がある。遣唐使を乗せた船が四隻、住吉大社と反橋も右手に描かれている。白砂青松の海岸の様子で現在の大阪の海とまったく様子が違う。もとはこういう景色だった…

住吉大社へ

住吉公園駅 住吉公園から南海電車のガード下をくぐり、住吉大社の方へ歩く。これは阪堺電軌上町線の住吉公園駅。駅と道路を挟んだ反対側に案内板がある。 住友燈籠の案内板 はじめのところに長峡(ながお)という地名がでてくるが、南海電車と阪堺電軌阪堺線…

住吉公園(心字池あたり)

有料BBQのひろば 住吉公園は住吉区ではなく、住之江区の区域にあるようだ。南海線のところが境界になっている。住之江区ももとは住吉区で、「住吉」はむかし「すみのえ」と読んでいたという。今の住之江区は、埋め立て、埋め立てで沖へとひろがっていったの…

住吉公園(汐掛道、高燈籠)

住吉大社駅(南海) 住吉公園。池の向こう側にみえるのは南海電車の住吉大社駅。 住吉公園の古図 公園のなかにあった住吉公園に該当するところの古図。写真の写りが光の反射でよくないのでわかりづらいが、高燈籠から住吉大社までが描いてある。燈籠のところ…

帝塚山

熊野街道 熊野街道石碑 万代池のとなりに熊野街道がある。石碑が建てらている。この場所から帝塚山駅のほうに向かう。 まずは阪堺電軌の帝塚山三丁目の電停。 阪堺電軌の車輛 たまたまこの車輛は帝塚山のマークがある車輛だった。アニメなどが描いてなくて色…

万代池(大阪市住吉区)

桃ヶ池から阪和線沿いに鶴ヶ丘駅まで歩き、そこから西へ道なりに歩けば万代池に行き着く。 万代池 相当おおきな池である。万代池には「まんだい」と「ばんだい」の二つの表記があって、どちらも使われているようだ。聖徳太子が僧に曼荼羅経を読ませて池の怪…

桃ヶ池(大阪阿倍野区)

桃ヶ池 阿倍野のビルが向こう側に見える。池には蓮がびっしり、ここはなんだか東京上野の不忍池のようだ。 股ヶ池明神への橋 さきほどのところから少し行くと橋があって、向こう側に神社がある。 股ヶ池明神 鳥居のところには「股ヶ池」明神の名称が。今の地…

神馬塚(大阪阿倍野区)

長池の北の方に桃ヶ池がある。この池も阪和線から見える。昔にこの池の横を通って美章園へと歩いたことが一度だけあるのを思いだした。 神馬塚 今回は南田辺駅から歩いた。池の手前で、何かがある、何だろうと池とは反対側だったが、行ってみると「神馬塚」…

シャープ本社跡(西田辺)

旧シャープ社屋 前回のブログでシャープに触れたので、シャープ本社の建物が残っているかな、と行ってみた。本社の建物は無くなっていた。フェンスに囲まれて「ニトリ」の名前が大きくフェンスに書いてあった。上の写真は、旧本社と南港通を挟んで南側にある…

山阪神社(大阪東住吉区)

山阪神社 阪和線の南田辺駅で降りて、地図を眺めていたら、この山阪神社があった。もともと法楽寺へ行くために南田辺駅へ来た。時間の余裕があったから、どのようなところか見ておこうとできるだけ町中をあるくルートで神社に向かう。神社の隣に公園があって…

楠の大木(法楽寺、大阪田辺)

田辺大根の碑 法楽寺の境内の一隅に「田辺大根の碑」があった。この土地の名前がついている大根だが、現物は見たことがない。私が、大阪も含め、摂津、和泉、河内の名産野菜で、普段に目にして、食べるといえば泉州の水茄子くらいか。ほかにも地場の名産と呼…

法楽寺本堂(大阪田辺)

法楽寺本堂 法楽寺の本堂。写真の右上に黒いものが写っているが、これは三重塔の屋根の先から下がっている何か。何か? 本堂は宇陀松山の織田家の殿舎から移築されたものとの説明があるが、織田家の建物はほとんど仏教寺院の形式で建てられていたのだろうか…